今回は自分が英語が好きになったキッカケ、タイミングを紹介していきます。
これを読み終わったあなたが英語学習に対して前向きになってくれたら幸いです。
想定読者
英語を頑張りたいけど好きになれない人
英語を勉強してみるものの中々勉強が続けられない人
英語が好きになったきっかけ
英語が好きになったきっかけはとてもシンプルです。
それは、英語を勉強したらモテるのではないか、と思ったからです。
たったのこれだけです。
これだけで小学校6年生の終わりがけに始めた英語勉強が好きになり、今では自分にとっての1つの武器と呼べるほどのものになりました。
ちょっと何言ってるのかわかんないです状態になった人も多いと思います。
そしてこの勘違いは半分は正解で半分は間違いでした。
しかし、この勘違いがあったからこそ今の自分がいると思うといい意味で勘違いをしてくれた当時の自分に感謝してもいいなと思います。
それではそんな勘違いから始まった自分と英語との関わりについてを綴っていきたいと思います。
英語との出会い〜小学校編
今となっては英語学習は小学校5年生から本格的に外国語活動として英語教育が始まっていますが、私自身が小学生の時には小学校でしていた英語の授業といえば、定期的にALTの外国人の先生がやってきてゲームをしながら英語を使うというものでした。
もちろんそんな授業で英語力など微塵も付くはずもなく、中学校入学を迎えた小学校6年生の時のこと。
当時通っていた塾の先生に英語のテキストをもらい、一通りやった状態で中学校入学を迎えます。
英語にハマる〜中学編
そして、英語にハマることになった決定的な出来事があります。
それは、中学校2年生の時ににカナダに行ったことです。
私の住んでいた場所では、姉妹都市を結んでいるカナダに交換留学生として日本からカナダに行くことが出来ます。
14歳にして人生初の海外渡航、外国を体験することになりました。
そこで衝撃が走ります。
カナダ人女性がキレイすぎたのです。
体格の違いもあることから自分よりも年下の12歳の女の子でも自分なんかよりもはるかに大人っぽく見えるわけです。
緊張マックスの中、たどたどしい英語でその子と話せた時には鼻の下が伸びに伸びました。
ここで1つ思うことがありました。
「英語をマスターすればこんな美女ともお近づきになれるのか」と。
なんともまあ中学2年生的思考ですが、見事にそこから英語勉強に対する熱量が上がっていきます。
そうすることでクラスの中では「英語ができるキャラ」が確立されるようになっていき、クラスの可愛い女の子が分からないところを聞いて来るようになったのです。
ここで僕の中でふわっとしていたものが確信に変わります。
英語が出来ればモテる
これを確信した時には、自分は天才なのかもしれないと本気で思っていました。
そこから、英語の成績に関していえば全て5でした。
そして、高校編へと続きます。
英語コスパ良すぎ時代〜高校編
そこから高校に入学した私は、超が付くほどの文系人間だったので何も迷うことなく文系に進みます。
普通科を卒業した方なら思い当たると思いますが、文系コースに進むと英語の科目が3つに増えます。
約10科目あるテスト勉強の内の3科目が英語だったので割と良い成績を取ることが出来ました。
使える英語かどうかはさておき、英語をマスターすると世の中めちゃ楽になるんだなぁなどと考え、大学もその方面に進むことを固く決意します。
英語力=大学での地位〜大学編
大学は地元のゆるゆる私立文系大学の外国語学部に進学します。
当時、電車に乗ると人酔いしたほど人ごみが苦手だったこと、通学に1時間以上かけるのは無駄だと思っていたこと、教員免許が取れることという自分なりの条件を満たす大学が近くにあったので迷わずそこに進学しました。
ちなみに偏差値はめちゃくちゃ低いです。
いわゆるFラン大学の位置付けに当たるレベルだと思います。
英語に関していえばそれなりの学力を身に付けていたので、そこでも英語無双をします。
大学時代にはTOEICに出会い、自分の学力が如実に数字で表されるようになり、ますます英語勉強に対して熱が入ります。
TOEICで良いスコアをとって周りからチヤホヤされたい
おそらく当時は本気でそんなことを真剣に思っていました。
承認欲求の塊のような人間でした。
そんな浅はかな動機ながらもコツコツと勉強を続けていた結果、卒業までに880点を取得するまでになりました。
自分なりの勉強方法をまとめて記事にしたいと思います。
まとめ〜しょうもない動機ほど長続きする
以上が私と英語との馴れ初めになります。
現在では、英語学習から離れてしまい関係は冷め切ってしまいますが、また、機会を見つけて英語学習を再開したいと思います。
見出しに書いたように私が英語を始めたきっかけは
英語が出来ればモテるかも知れない
などという非常にしょうもない動機からでした。
しかし、しょうもない動機の力は偉大だと思います。
年を重ねてからは仕事のため、家族のため、などと一見立派な動機ですが、本当に心からしたいと思って行動をする機会は減ってきているように思います。
今一度、自分の中にあるしょうもない事を思い出してはいかがでしょうか。